【トップページ】 >>【旅行記録】 >>【乗車記録】 >>【九州地方(北部) (三セク、私鉄、路面 など)】 |
【乗車記録 九州地方 (北部)】
九州をふらっと旅した際に乗車した三セク、私鉄、路面 などの記録。
【路線一覧 2009.09現在。各社局名は、各社局のウェブサイトにリンク】
路線 | 区間 | 営業距離 | 乗車未済・乗車日 |
【西日本鉄道】 | |||
天神大牟田線 | 西鉄福岡(天神)駅 - 大牟田駅 | 74.8km | 2005/11/27 完乗 |
太宰府線 | 西鉄二日市駅 - 太宰府駅 | 2.4km | 2005/11/27 往復完乗 |
甘木線 | 宮の陣駅 - 甘木駅 | 17.9km | 2005/11/27 完乗 |
宮地岳線 (現:貝塚線) | 貝塚駅 - 津屋崎駅 (現:貝塚駅 - 西鉄新宮駅) | (宮)20.9km | 2006/4/8 往復完乗 |
【筑豊電気鉄道】 | |||
筑豊電気鉄道線 | 黒崎駅前駅 - 筑豊直方 | 16.0km | 2006/1/28 完乗 |
【福岡市交通局】 | |||
空港線 (1号線) | 姪浜駅 - 福岡空港駅 | 13.1km | 2006/4/8 完乗 |
箱崎線 (2号線) | 中洲川端駅 - 貝塚駅 | 4.7km | 2006/4/8 完乗 |
七隈線 (3号線) | 橋本駅 - 天神南駅 | 12.0km | 2006/4/8 完乗 |
【甘木鉄道】 | |||
甘木線 | 基山駅 - 甘木駅 | 13.7km | 2005/11/27 完乗 |
【平成筑豊鉄道】 | |||
伊田線 | 直方駅 - 田川伊田駅 | 16.1km | 2006/1/28 完乗 |
糸田線 | 金田駅 - 田川後藤寺駅 | 6.8km | 2006/1/28 往復完乗 |
田川線 | 行橋駅 - 田川伊田駅 | 26.3km | 2006/1/28 完乗 |
門司港レトロ観光線 | 九州鉄道記念館駅 - 関門海峡めかり駅 | 2.1km | 未 |
【松浦鉄道】 | |||
西九州線 | 有田駅 - 伊万里駅 - 佐世保駅 | 93.8km | 2005/11/26 完乗 |
【島原鉄道】 | |||
島原鉄道線 | 諫早駅 - 加津佐駅 (現:諫早駅 - 島原外港駅) | (旧)78.5km | 2005/11/27 完乗 |
【長崎電気軌道】 | |||
赤迫支線 | 赤迫停留場 - 住吉停留場 | 0.4km | 未 |
本線 | 住吉停留場 - 大波止停留場 - 正覚寺下停留場 | 6.9km | 未 |
桜町支線 | 長崎駅前停留場 - 公会堂前停留場 | 0.9km | 未 |
大浦支線 | 築町停留場 - 石橋停留場 | 1.1km | 未 |
蛍茶屋支線 | 西浜町停留場 - 蛍茶屋停留場 | 2.2km | 未 |
■西日本鉄道 天神大牟田線 |
【完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月27日 乗車時刻:13:00頃〜 乗車区間:大牟田 〜 西鉄久留米、 西鉄久留米 〜 西鉄福岡(天神)
その他:度々区間乗車。往復完乗も済。
|
本線は、西鉄の主幹路線となっている。
九州最西端駅訪問企画の2日目行程にて初乗車。
初乗車となった日は、大牟田駅から西鉄久留米駅。 西鉄久留米からは、甘木線直通の各駅に乗車して甘木方面へ。 その後、甘木鉄道とJRを利用して久留米へ戻り、再び西鉄久留米駅より天神大牟田線に乗車している。
当時は、九州は一生で5回も訪れることは無いだろうと思っていた時期で、 必至で乗車プランを検討していた姿を思い出す。 まさか、以降は都合で度々訪れ、幾度と無く乗車する路線になろうとは夢にも思っていなかった。
当時の詳細は、九州最西端駅探訪 を参照。
|
■西日本鉄道 太宰府線 |
【往復完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月27日 乗車時刻:18:00頃 〜 乗車区間:太宰府 <-> 西鉄二日市
|
太宰府線も九州最西端駅訪問企画の2日目行程にて初乗車。
太宰府線は、沿線の通勤通学の他、太宰府天満宮や九州国立博物館へのアクセス路線となっている。 路線は短く2.4km程。途中駅は1つ。
当日は日も傾き、暗くなってからの乗車となった。 折角なので、太宰府駅を降りてみやげもの店の閉店作業が始まっている参道道を歩き、太宰府天満宮を参詣。
当時の詳細は、九州最西端駅探訪 を参照。
|
■西日本鉄道 甘木線 |
【完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月27日 乗車時刻:15:00頃 〜 乗車区間:(西鉄久留米) 〜 宮の陣 〜 甘木
|
西鉄甘木線も九州最西端駅訪問企画の2日目行程にて初乗車。
沿線は住宅と田畑の混在する地域となっている。 車窓からでは少しだけローカルな雰囲気も漂う。
しかし、主力の2両編成のワンマン電車には、 明るい水色配色の比較的新しい車輌が使用されており、 トータルでは田舎っぽさの空気は全く感じられない。
当時の詳細は、九州最西端駅探訪 を参照。
|
■西日本鉄道 宮地岳線 (現:貝塚線) |
||
【往復完乗】 乗車日:平成18(2006)年4月8日 乗車時刻:16:00頃 〜 乗車区間:貝塚 <-> 津屋崎 (20.9Km)
現在:貝塚線となる、区間は貝塚駅から西鉄新宮駅までに短縮。営業距離は11.0kmに。
|
||
出張のついでに始めた全鉄道路線乗車企画。 その初期段階で乗車候補に上がったのがこの宮地岳線。
当時、存廃問題で揺れているとは知らずに、「また乗ることもあるだろう…」と軽い気持ちで乗車したことが、 悔やまれる。まさか約1年後に路線半分が廃止され、名称も貝塚線になろうとは…
そんな当時の宮地岳線。休日の夕方ともあり乗降客も少なく、ローカル路線独特の雰囲気を漂わせながら ゴトゴト走る感じがとても良い心地であった。
|
||
|
|
|
津屋崎駅にて折り返し待ちの313形の316号車。前面非貫通2枚窓の構えがかわいい。しかし、残念ながら、形式最初の廃車解体編成になってしまった。 |
現役時代の津屋崎駅舎。 地方でよくあるこぢんまりした駅舎。 駅前の電話ボックスや郵便ポストが郷愁を誘います。 |
津屋崎駅横にある電車延長記念の 石碑。 |
■筑豊電気鉄道 筑豊電気鉄道線 |
【完乗】 乗車日:平成18(2006)年1月28日 乗車時刻:19:00頃 〜 乗車区間:筑豊直方 〜 黒崎駅前
その他:度々区間乗車。往復完乗も済。
|
北九州を周遊した際に乗車。
初乗車の当日は、直方駅に着くのが夜となってしまい、駅を降りると辺りは真っ暗になっていた。 直方駅と筑豊直方駅は、離れた場所に位置していると聞いてはいたが、 初めて訪れる場所の上、辺りは暗くて、迷いそうになったのを思い出す。
幸い地図を持参していたので、それを頼りに筑豊直方駅に辿り着く。 高架構造の駅なのだが、暗闇の中で何だか普通と変わった雰囲気を醸し出していた。
以降、複数回乗車することになり、直方も何回か訪問。 しかし、いつ見ても、ちくてつの路面電車タイプ車輌と筑豊直方駅の高架構造が不思議感をさそう。 (何でも高架構造なのは、延伸計画があった為だとか)
当時の訪問記録は、北九州周遊 を参照。
|
■福岡市地下鉄1号線 (空港線) |
||
【完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月から高頻度で乗車 全線乗車日:平成18(2006)年4月8日 乗車区間:姪浜 - 福岡空港
|
||
平成17年頃から九州の長崎・佐賀・福岡近辺へ出張が多くなり、その度にお世話になるのが空港線。 福岡空港からほど近い博多駅へアクセスする路線として、大変重宝させて頂いてます。
福岡空港〜博多間は度々乗っているものの、全線を通して乗車したのは、西鉄宮地岳線を完乗したのと同日。 特に企画していたわけではなかったので、「乗ってみるか…」程度の感覚でフラッと乗車。
その後は、仕事で筑肥線利用で唐津方面にも度々出張。 まさか、福岡空港から空港線経由筑肥線で頻繁に乗ることになろうとは思ってもいなかった。直通なので便利だ。 その他、都合により中洲川端駅付近にも度々出没してました。 いったい何回全線乗車したことやらの路線となった。 えふカード(福岡市地下鉄のプリペイドカード)を利用しています。
|
||
|
|
|
2006年4月8日18:50頃の姪浜駅南口。この駅が空港線の始点。福岡市交通局の管轄駅でJR筑肥線乗り換え駅になっている。 |
姪浜駅2・3番線に停車中の福岡市交通局1000系(右)と2000系(左)車両。 |
■福岡市地下鉄2号線 (箱崎線) |
||
【完乗】 乗車日:平成18(2006)年4月から複数回乗車 全線乗車日:平成18(2006)年4月8日 乗車区間:中洲川端 - 貝塚 (4.7Km)
|
||
西鉄宮地岳線乗車の際に、貝塚駅に向かうため使用したのが箱崎線。 使用車両は空港線と同じなので、特段変わった印象は受けない。 貝塚駅を除き全て地下駅・地下線であり、車窓云々も特にないのが残念。 まさに、会社・官庁街とベットタウンを結ぶ生活路線。
|
||
|
|
|
2006年10月1日13:50頃の貝塚駅西側。この駅が箱崎線の終点。 駅前に貝塚公園があり、9600形49627号が展示されています。 |
1000系車内のLED式案内板。 |
■福岡市地下鉄3号線 (七隈線) |
||
【往復完乗】 乗車日:平成18(2006)年4月8日 乗車時刻:19:30頃 〜 乗車区間:天神南 <-> 橋本
|
||
乗車日当日は、箱崎線・空港線と完乗していたので、ついでに七隈線もいっとく…と言った感じで乗車を実施。 空港線天神駅から地下街をひたすら歩いて(500m程度)乗り換え。時刻は19:30頃に天神南駅に到着。
事前に何も調べていなかったので、地下鉄が走ってる程度しか分からずに訪れて少しびっくり。 うわ〜、今どきの近代的な感じじゃないですか…と。 七隈線は、駅も新しく綺麗でデザインも今風なユニバーサルデザイン仕様になっている。 車両も鉄輪式リニアーモーターミニ地下鉄仕様で、グリーンを基調とした鮮やかな配色で好感がもてる。
車内も特徴的で、運転室が独立していない。 しかも、ワンマン運転のため、後部車両の運転席は着席可能になっていた。
帰路の飛行機最終便の関係上、途中下車もできず、終点の橋本駅でも下車後に即地上を観察後、 折り返し列車で天神南駅に戻るという強行乗車だったので、次回乗ることがあれば、ゆっくりと乗車してみたい。
|
||
|
|
![]() |
福岡市交通局3000系車両。 車体が小さいのもあるが、デザイン的にスマートに感じる。 レール中央にリアクションプレートがあるのも鉄輪式リニアモータの特徴。 |
3000系車内。 シートはロングシートながら、1人分ずつ独立している。座先モケットはエメラルドグリーンで明るく感じる。 |
進行方向と逆の運転席。 運転装置は、カバーで覆われている。 運転座席に着席可能となっている。 |
■甘木鉄道 甘木線 |
【完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月27日 乗車時刻:15:10頃〜 乗車区間:甘木 〜 基山
|
甘木鉄道は、九州最西端駅訪問企画の2日目行程にて初乗車。 甘木鉄道の甘木駅と西鉄の甘木駅は、徒歩連絡で約5分程度離れていた。 西鉄甘木線同様に沿線は住宅と田畑の混在する地域を走る。 地域に根ざした路線で、地元の足として重要。 その分、いたしかたないのだが車窓の面白みにはかける。
旧国鉄の甘木線を継承した第三セクターで、 車輌は、一般的なレールバス形態の車輌が使用されている。
訪問当時の詳細は、九州最西端駅探訪 を参照。
|
■平成筑豊鉄道 伊田線 |
【完乗】 乗車日:平成18(2006)年1月28日 乗車時刻:18:00頃 〜 乗車区間:(行橋) 〜 田川伊田 〜 金田、金田 〜 直方
その他:以降数回乗車。
|
北九州を周遊した際に乗車。
行橋から直通で伊田線に入り金田まで乗車する。 沿線は、駅周辺の住宅街と田畑、それに自然が広がっている模様。
初めて伊田線乗車時は、既に夕方とあって車窓の外は暗くなり、風景の堪能はできなかった。 当時の訪問記録は、北九州周遊 を参照。
|
■平成筑豊鉄道 糸田線 |
【往復完乗】 乗車日:平成18(2006)年1月28日 乗車時刻:17:30頃 〜 乗車区間:金田 <-> 田川後藤寺
|
北九州を周遊した際に乗車。
伊田線で金田駅まで辿り着き、糸田線に乗車。 乗換待ち時間の間は、金田駅に併設されている車両基地をホームから眺めていた。
糸田線で田川後藤寺まで。 駅舎外観をチラッと見てから、折り返し列車で金田に戻る。
当時の訪問記録は、北九州周遊 を参照。
|
■平成筑豊鉄道 田川線 |
【完乗】 乗車日:平成18(2006)年1月28日 乗車時刻:16:00頃 〜 乗車区間:行橋 〜 (田川伊田)
|
北九州を周遊した際に乗車。
真っ当なローカル路線とも言うべきか。 行橋駅は、中都市として駅舎も高架駅となっている。 その後は、徐々に住宅地も少なくなり田畑が目立つようになる。 そして、途中は森やら山やらの自然を快走する。 車輌は単行の一般的なレールバス形態の車輌。
なかなか乗り応えのある路線だ。
当時の訪問記録は、北九州周遊 を参照。
|
■松浦鉄道 西九州線 |
【完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月26日 乗車時刻:9:00頃〜 乗車区間:佐世保 〜 たびら平戸口、たびら平戸口 〜 伊万里、伊万里 〜 有田
|
九州最西端駅訪問企画の1日目行程にて初乗車。 営業距離の全長が93.8kmと長い路線で、様々な車窓が流れるので乗り応えがある。
佐世保を出発するとすぐに佐世保中央駅へ。 この間200mで日本一短い駅間となっている。 また、当線のたびら平戸口駅は、一般レールを使用した鉄道の日本最西端駅となっている。 たびら平戸口駅構内には、小さいながら鉄道資料館が併設されており、無料で見学ができる。
佐世保〜伊万里、伊万里〜有田間では、運転系統が分かれており、乗換が必要となる。
当時の詳細は、九州最西端駅探訪 を参照。
|
■島原鉄道 島原鉄道線 |
【完乗】 乗車日:平成17(2005)年11月27日 乗車時刻:6:45頃〜 乗車区間:諫早 〜 加津佐
区間廃止:平成20年4月1日 島原外港 〜 加津佐 (通称 南線 (南目線) 区間)
|
九州最西端駅訪問企画の2日目行程にて初乗車。 朝のまだ暗い時刻に諫早駅よりキハ20形気動車に乗り込む。 南島原駅で北線と南線の運行区分があるらしく、車輌乗換があった。
加津佐までは、雲仙の麓を通りながら進む。 未だに土石流が残した傷跡と復旧箇所が分かる。
当時の詳細は、九州最西端駅探訪 を参照。
|